ワイン会のお知らせ

幻のペルナン・ロサンとペロ・ミノ飲み比べ

開催日:2016.02.24

幻のペルナン・ロサンとペロ・ミノ飲み比べ 

 ペルナン・ロサンは1974年に創設されたドメーヌで素晴らしい条件の畑を所有していたが2001年所有する6.8haの畑、そしてワインを全てドメーヌ・ペロ・ミノに蔵ごと売却。 

クリストフ・ペロ・ミノはアンドレ・ドメーヌ・ペルナン・ロサンの畑を入手したことによってトップドメーヌの仲間入りを果たし今やトンデモナク高いです。

ドメーヌ・ペルナン・ロサンは、一部に熱狂的ともいえるファンを持っているレアワインです。1998ヴィンテージを最後に引退したペルナン・ロサンは、ギイ・アカのコンサルタント(1988ヴィンテージまで)を受け、驚くほどの凝縮感とロサン香とも呼べるクレーム・ド・カシスのような果実味を持つ、ブルゴーニュにおいても異端なワインを造り上げていました。

今回はギイ・アカのコンサルを受けていた86とその後のヴィンテージ、更に畑を引き継いだペロ・ミノを一緒に飲んでみようと思います。

この機会に最後の86をお楽しみ下さい。

 

シャンパーニュ 

ブルゴーニュ・白ワイン

赤ワイン

2011       Perrot Minot          Nuits Saint Georges Les Murgers des Cras Vieilles Vignes           

2011       Perrot Minot          Morey Saint Denis En la Rue de Vergy            

2008       Perrot Minot          Morey Saint Denis En la Rue de Vergy            

2007       Perrot Minot          Morey Saint Denis 1er Cru La Riotte V.V

1997       Pernin Rossin        Nuits Saint Georges 1er Cru La Richemone      

1993       Pernin Rossin        Morey Saint Denis 1er Cru Monts Luisants       

1992       Pernin Rossin        Morey Saint Denis 1er Cru Monts Luisants       

1986       Pernin Rossin        Morey Saint Denis 1er Cru Monts Luisants

 

お食事はワインに合わせたミナミオリジナルのフランス料理です。

 

会費22000 

2月24日水曜日7時半より メゾン・ド・ミナミ

 

 

Domaine Pernin Rossin ★★★★

 コート・ド・ニュイに広がる6.3haほどのドメーヌには、フランス国内に熱烈なファンが

 付く。ワインは高い樹齢、非常に抑えた面積当たり収量、最低21~30日の長い

 浸漬の産物。 加えて、小柄なアンドレ・ペルナンは、自分のワインは濾過しないと

 声高らかに語るものだから、 いやが上にも彼のワインの信奉者が増えるという

 わけ。ペルナンはレバノン人の醸造理論家ギイ・アカを信奉して、発酵前に果房を

 冷温で1週間浸漬する方針をとる。 自宅に隣接したガレージの中を醸造場とする

 など、条件は恵まれているとはとても言えないが、彼のワインたるや、モレ・サン=

 ドニ・レ・モン・リュイザン(年産なんと25ケース)のように、驚くべき色調と素晴らしい

 香気がある。 このレ・モン・リュイザンとニュイ・サン=ジョルジュ・ラ・リシュモヌ

 とは、彼のワイン醸造法がいかに優れているかを強力に傍証する。興味深い

 ことに、かのラルー・ビーズ=ルロワ夫人の偉大なラ・リシュモヌ(1985年)は、

 アンドレ・ペルナンのワインを瓶に詰めて売っているものだ。

 

 【ギイ・アカ】について(WANDS ONLINE No.80より)

 

 1980年代、ブルゴーニュの赤ワインの生産現場には、アンリ・ジャイエとギイ・アカ

 という二人のスーパー・スターがいましたが、ジャイエが現在においても熱狂的な

 支持を集めているのに対し、アカは辛辣な批判にさらされています。

 しかしながら、方法に違いはあったものの、両者が求めていたのはまったく同じ

 ものでした。レバノン人のブドウ栽培・醸造コンサルタントであるギイ・アカは

 1975年にブルゴーニュに事務所を開いて以来、最盛期には40を超えるドメーヌの

 コンサルティングを行い、彼の顧客にはジャン・グリヴォやコンフュロン=コトティド、

 コント・スナールといった、秀逸な生産者が含まれていました。

 アカの思想の根底に流れていたのは復古主義で、彼の推し進めた畑での改革

 には、植樹密度を高めて1本の樹から収穫する果実数を減らすことや、ブドウが

 過熟に近くなるくらいまで収穫を待つことなど、現在でも高く評価されているものが

 多いのですが、議論を呼んだのは彼の醸造上の改革でした。

 醸造学が未発達であった1900年代のワインの色素量に着目したアカは

 「畑を戦前のブルゴーニュの状態に戻す」「アルコール発酵の前に色素の抽出を

 行う」というのはジャイエとまったく同じ発想だったのですが、アカの場合はこれを

 極端に推し進め、50~75%の除梗を行なった後で、アルコール発酵が始まらない

 よう、通常の2~3倍の量にあたる二酸化イオウ(SO2)を添加して、酵母の活動

 を人為的にコントロールするようになります。

 こうしてつくられた「アカ・スタイル」のワインは濃い色調で、ブドウに由来する

 果実香がたっぷりと含まれるようになりましたが、改革があまりにもドラスティックで

 あったためか、アカがブルゴーニュの人間でもフランス人でもなかったためか、

 彼の関与したワインは当初から痛烈な批判を浴びます。

 高濃度のSO2の添加は、できる限り人為的な操作を避けようとする時代の潮流

 からかけ離れ、果実香が先行するあまり、畑に由来する個性が前面に現れず、

 「アカのワインはすべて同じ味がする」という批判を浴びるようになりました。

 1992年にブリストルで行われたワインのシンポジウムでアカは専門家たちから

 一斉砲火を浴びてしまいます。若い段階で試飲したアカのワインは果実に由来する

 風味が強烈なため、どれも同じような味わいで、明らかに「土地の個性」が

 失われているように感じられたのですが、現在ボトル熟成のピークにさしかかって

 いる、彼の影響を強く受けた1980年代後半のワインをあらためてテイスティング

 してみると、無駄なぜい肉が落ちたあとで、畑ごとの明確な個性が現れているのに

 驚かされます。

 ギイ・アカは1990年代の半ばから行方不明になっています。